東海大学観光学部観光学科 田中伸彦ゼミ

2012年4月 田中ゼミがスタートしました。 2013年3月にホームページをアップしました。

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〒151-8677 東京都渋谷区富ヶ谷2-28-4 東海大学観光学部 4号館3階 

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湘南キャンパス 〒259-1292 神奈川県平塚市北金目4-1-1 東海大学E館1階教員室1

 

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「観光学」って何をしているの?(4) メタ「領域学」である「観光学」

今回は、
3. 「観光学」は「領域学」で、1つのディシプリン(学問の基盤となる原理)で説明できない点。
さらにいえば、戦前我が国の観光学を牽引してきた造園学や森林学にしても、戦後観光分野で台頭してきた経営学にしても、それらの学問自体が、そもそも1つのディシプリンで説明できない学際分野で、それらを基盤に発展した観光学は「メタ」学際分野に位置づけられる点。
について考えてみたい。

いきなりだが、このホームページの「メンバー」欄に載せているとおり、私の学位論文のタイトルは『地域森林計画区における観光レクリエーション機能の評価に関する研究』である。学位の種別は「博士(農学)」であり、当然名刺にもその様に印刷している。
名刺交換をするときに、相手から「へえ、農学で学位を取って観光をやっているのですか。珍しいですね。」と言われることが少なくない。そういうときには、仕方がないので適当に話を合わせておくことが多い。
暴露話のようになるが、私からすると、この手の会話で、相手が本当に観光学に取り組んできたのか否かが判別できるため、とても重宝している。長く真剣に観光学に関わってきた人であれば、その過程で何人かの農学系研究者と関わっているはずである。駆け出しの研究者ならまだ出会ってない可能性もあろうが、そこそこ年齢を重ねた人間が上記のような感想を述べてしまうということは、その人が観光学のアマチュアであることを自ら表明しているのと何ら変わりがない。
しかし、観光系の学会や研究会の懇親会に出てみると、この手の会話になることが少なくないのである。よくよく話を聞いてみると、旅行業・運輸業・宿泊業などのうち1つの民間企業だけに勤めて引退し、そこでの仕事の経験談を学生におもしろおかしく伝えることが大学教員の職務だと信じ、学術研究活動をほとんど行わない様な人である場合が多い。学術研究をしないのであるから、農学系の観光研究者と出会う機会があるはずない。

意外に思われるかもしれないが、日本で、戦前の観光研究を牽引していたのは、本田静六博士らをはじめとする農学系研究者といっても過言ではない。本田静六博士は研究面でも著しい業績を残した。彼の偉大なところは、研究だけにとどまらず、都会の真ん中には日比谷公園を設計し、農村部の湯布院には観光振興計画を導入し、自然地域については国立公園制度の制定に貢献するなど、大車輪のように日本各地の観光の実践に貢献し、現在の我が国の観光業の基盤づくりに貢献した点にある。そしてその伝統が今の農学にも引き継がれている訳である。
実際、現時点で、文科省科研費の細目のキーワードを見ると、「観光」という言葉を明確に掲げている常設の学問分野は農学だけである。(より厳密に言えば「総合系・複合領域」として常設されている「地理学」のなかに「ツーリズム」というキーワードがある。ただ、この分野には農学が大きくコミットしている。)他の学問分野でも、もっと観光に対する学術研究的体系への関わりを顕在的に表明してほしいものである。

さて、農学の話を長々と続けてきたが、就活で跳びまわっている学生にとっては、遠い話に聞こえるかもしれない。なぜなら文系観光学の皆さんは農学的素養がほとんどないと自覚していて、農学に関する話を聞いても就活には活かせないと思っているからである。私の本音を言えば、今まで教えてきた各科目の中に農学的な知識や技術をちりばめてあるので、学生が造園学や森林学等農学系の素養を積んでいないはずはないのであるが...なぜ学生は農学を遠く感じるのであろうか。

ここでやっと今日の本題である「領域学」や「ディシプリン」の話につながってくる。何はともあれ、まずは、大学の学部学科というものは、1つの固有な学問的方法論(ディシプリン)を突き詰める学部学科と、ある1つの対象領域を設定していくつもの学問的方法論(ディシプリン)を組み合わせる「領域学」と呼ばれる学部学科の2つに分かれることを確認しておきたい。後者は学際(インターディシプリン)的分野と呼ばれることも多い。
具体的に言えば、前者には、社会学や心理学、経済学などの文系学科や、生物学や物理学・化学・地学などの理系学科が該当する。後者には、企業などの組織を対象領域とする経営学や観光という現象を対象領域とする観光学などの文系学科や、森林を対象領域とする森林学やランドスケープに関わる現象を対象領域とする造園学等の理系学科が該当する。
前者と後者はどういう関係にあるかをもう少し詳しく説明してみよう。「経営学」という学問を志した場合、「企業などの組織」について明らかにするために経済的分析(経済学)を行ったり、社会調査法(社会学)を行ったり、アンケートによる嗜好調査(心理学)を行ったりすることになる。つまり、TPOによってディシプリンを選び、使い分ける訳である。
「森林学」の場合にも植生調査(生物学)や地質・地形調査(地学)と自然地域における人間の行動特性調査(心理学)を組み合わせて山村振興(経済学)の課題に取り組むといった複数のディシプリンを活用した研究プロジェクトが推進されたりする。
つまり、領域学を学ぶ学生は、その領域の事情通になるだけでは不十分で、その領域に深く関わるディシプリンを数多く理解し、身につけることが求められる。先に挙げたような、「仕事の経験談を学生におもしろおかしく聞かせる講義」ばかりを履修してしまうと、ディシプリンが身につかず、就活の時に自分が何を学んできたか説明できなくなる。ディシプリンをスルーした領域学では、大学にまで行って学んだ価値は見いだせない。

さて、上記の説明の中で、観光学も領域学の1つだと言った。ただ、観光学部の場合は、経営学や造園学ともやや異なる側面がある。それは何か? 観光学の場合は、さらにもう一段階複雑なのである。なぜならば、観光学は直接ディシプリンとつながった学問と言うよりは、「経営学」や「造園学」などの「領域学」をもう1つ間にかませることが多いからである。
繰り返すが、観光学は一段階複雑なのである。言い換えれば、観光学は、「『経済学』をベースとしたリゾートホテルの『経営学』的分析」と「『生態学』をベースとした地域の『造園学』的評価」など、2段階学問を積み上げることで初めて、その上に学問としての観光学という1つの形が完成するのである。
自動車を思い浮かべてほしい。自動車は「『金属』でできているエンジン」や「『ガラス』でできている窓」、「『繊維』などでできている座席」などを組み合わせることでやっと1つの製品となる。自動車は観光学、エンジンや窓・座席は経営学や造園学、金属やガラス・繊維は経済学や生物学などのディシプリンに該当する。

ここまで説明すればある程度分かってくれただろうか。自分が観光学で何を身につけたかを説明する際には、
「① 経済学のディシプリンに基づき、②宿泊業者の経営分析を行い、③都市観光の発展性についての卒論をまとめている」であるとか、
「① 生態学の論文をレビューすることで、②国立公園の造園的管理の動向を分析し、③エコツーリズムによる地域振興の可能性を検討している」など、
3段階の説明ができることがスマートなのである。
「①『ディシプリン』に基づき、②『領域学1』の分析を行い、③『観光学』に貢献する」というふうに言えること、そこが肝要なのである。ディシプリンをそのまま扱う学問や、ディシプリンに直接つながる領域学と比べると、一手間ないし二手間多く説明が必要なのが観光学である。
そのため就活で観光学について説明する時に戸惑ってしまうのである。面接に行く前に、必ず上記3段階の説明内容を整理しておいてほしい。

以上で本日の解説はほぼ終わったのであるが、1つ補足的に解説を付け加えておきたい。「なぜ観光学部の学生は農学的素養がないと思い込んでしまうのか?」についてである。
私は農学的な学問の素養を学生に講義しているつもりである。ただ、先に述べたとおり、農学は領域学である。私が教える農学的な学問は、生物学的なディシプリンから、経済的なディシプリン、社会学的なディシプリン、心理学的なディシプリンにまで幅広く言及する。
ところで一方、観光学自体が領域学である。経済的なディシプリン、社会学的なディシプリン、心理学的なディシプリンについては、他の講義でも頻繁に出てくるディシプリンである。
(生物+経済+社会+心理)-(経済+社会+心理)=生物学
学生は生物学といった自然科学に、学問的引け目を感じているのであろう。ただ、農学は経済学・社会学・心理学などの素養があれば十分組みせる学問である。
本田静六博士が、ドイツでもらった学位は経済学博士である。私も農学の博士であるが、計量心理学や社会調査に基づく論文が少なくない。別に農を研究するかからといって、農学の生物学的側面そのものを矢面に立てる必要はない。繰り返すが、経済学・社会学・心理学のディシプリンは、農学的な観光分野でも頻繁に活用されている。
自然を知っているに越したことはない。ただ謙虚さを失わずに、分からないことは自然科学者に聞くという態度を身につけていれば、実務でも研究でも農の扱いは何とかなるものである。

「観光学」って何をしているの?(3)教養学の実学版である「観光学」

本日は、「観光学とは何か?」を簡単に説明できない2つめの理由、つまり、

2. 「観光学」は学際的で、文系理系の垣根を越えた全方位の教養が求められる点。言わば「教養学の実学版」であるという点

について解説していきたい。

 

「観光」という言葉の語源が、『易経』の「国の光を観る、もって王に賓たるに利し」という一節から来ていることは、観光学の学生であれば、耳にタコができるほど聞いていることであろう。観光とは、その国の、その地域の、その地区の「誇るべき光」を観察する行為であるといえる。

もっとも、現代の観光産業は易経の「観光」という意味合いよりは、英語の「ツーリズム」に近いニュアンスで動いているような感じが、私にはする。これも観光学の学生であれば聞いたことがあると思うが、ツーリズムの語源はラテン語の「ろくろ」である。「くるっと回って帰ってくる」、という感じであろうか。

WTO(世界観光機関)の定義では「娯楽やビジネス、その他の目的のために人々が、まる一年を超えない範囲内で継続的に通常の生活環境環以外の場所に旅行し、滞在する活動」とされている。要するに、休みであろうが、仕事であろうが、家の用事であろうが、どこかに出かけて一年以内にくるっと自宅に帰ってくる活動がすべて含まれる。出かけたときに、特に「誇るべき光」を見ることは要求されていないのがツーリズムである。

 

観光がツーリズムだけであれば、必ずしも教養は必要ないかもしれない。安全な旅程を計画し、安全な乗り物に乗り、安全な宿舎に泊まれれば、最低限の要素はクリアできる。これらはいずれもオペレーショナルなスキルで事足りる。人に言われたことを忠実にこなすという態度と能力さえあれば良い。何も大学で学ぶ必要はないスキルである。就活を考えた場合、これではアドバンテージにならない。

 

では、どうすれば良いのか?いくつかの解決策があるだろう。一つ目は、「安全な旅程・乗り物・宿舎」の内容を高める能力を身につけることである。つまりは経営学的側面である。

ご存じのとおり、戦後発展した経営学は「企業」を研究する学問である。旅程を司る旅行業者、乗り物を司る運輸業者、宿舎を司る宿泊業者の企業経営、つまりは企業の組織のあり方や戦略の取り方をどうすれば良いのかを、エビデンスを踏まえながら判断できるようにする能力を高める学問といえよう。実際、文系の観光学在学者の場合には(世の中には理系の観光学もあります)、その様なテーマに高い興味を示している学生が多いと私は感じている。大いにそのスキルを高めてほしい。日本が観光立国に本当になるためには、ハイレベルの経営センスを持った人材が、これらの産業にどんどん進出していってほしいと思っている。

言いにくい話だが、日本の場合、これまでは高い経営センスを持った学生は、このような業界をあまり目指していなかった。商社や銀行、家電や自動車産業など、経営学を学んだ学生がチャレンジする魅力的な企業が日本にはあまた存在していたからだ。しかし、日本では観光経営の魅力が今後増してくることは間違いない。観光関連の業界を十分研究して一流の判断力を身につけてほしい。

 

ただ、経営のセンスを高めるというのは、観光学部でなくとも、実は経済学部でも、社会学部でも、文学部でも可能である。もちろん経営学部がある大学ならば、なおさらOKである。元々、経営学は経済学、社会学、心理学などの学問原理を用いて経営を分析するのが一般的である。そのため、上記4学部であれば、観光学部と同じような経営センスを磨くことは難しくない。

 

経営学的側面は非常に有力であるが、他学部と完全には差別化できないのか...では、観光学部の学生はどうすれば良いのか?

ここで、最初に書いた「国の光を観る」という言葉を思い出してもらいたい。観光学部では、観光の目的地(デスティネーション)の「誇るべき光」の見方について、網羅的なセンスが磨けるようにカリキュラムが構成されていることを思い出してほしい(少なくとも本学では)。幅広い教養を身につけ、それを観光という実践に応用する実学を身につけるためのカリキュラムである。

地域の自然・文化という大掴みな枠組みから、観光資源や観光施設の意味、パークやイベントの観光における意義など、ある地域の中にあるあらゆる観光要素に関するセンスが磨けるようになっている。このカリキュラム構成は、他学部では真似できないオリジナリティの高い「売り」であるといえる。

「国の光を観るスキル」は大切である。不況とはいえ経済力の強い我が国では、そこそこの収入のある人であれば、好きなところに旅行に行けるし、一流ホテルにも泊まれる。ただ、同じところに出かけ、同じ場所に泊まったからといって、すべての人が同じ感動や同じ体験が享受できると思ったら大間違いである。理由は簡単なことで、一人一人の能力・教養が異なっているからである。

昼間に観光地をまわるときに「何もない風景」としか受け止められないのか、様々な歴史や自然を背景に感じて心に刻みながら風景を眺められるのか、つまり教養のあるなしで観光者が享受する体験の質は大きく変わってしまうのである。宿に泊まったときにも、建物の建築、屋内に活けられた花、季節の郷土料理などへの感受性の差で体験の質が雲泥の差となって顕れる訳である。

観光者ですらそうであるのなら、いわんや観光業者をや...である。「『国の光を観る』ことを提供するスキル」は一朝一夕に身につかない教養をベースとした実学である。大学で学ぶに十分足る学問であるといえる。
私の体験からも、深い教養のない、旅行業者、運輸業者、宿泊業者にあたり、旅行の過程で虚しさを感じることがままある。観光業者は、財務諸表が読めても、GOPを改善する能力があっても不十分である。深い教養を感じさせる観光地や施設の経営が行えない限り、やがて見放される。そして観光地は衰退していく。

(自分自身も、まだまだ修行が足りないのは承知しているが)学生たちには、深い教養に対する精進を忘れないでほしいと感じている。

 

...で、就活面接の時にどう簡潔に説明すれば良いのかって...それは自然論でも観光資源でも、パーク論でもイベント論でもいいから、観光学的色彩の強い講義の中で、自分が最も印象に残ったことを話せば良いのですよ。そうすれば観光学部の学生として他学部とは違う学問を積んでいることが伝わるはずなのである。

 

もっとも、学生自身が教養の重要性を自覚し、興味を持っていなければ、どうにもこうにもならない。面接で、表面的なコメントをしても伝わらないし、却って底の浅さを露呈することになりかねない。

 

「自分の感受性ぐらい自分で磨け、若者よ!」である。

 

―――――――――

自分の感受性くらい 茨木のり子

 

ぱさぱさに乾いてゆく心を

ひとのせいにはするな

みずから水やりを怠っておいて

 

気難しくなってきたのを

友人のせいにはするな

しなやかさを失ったのはどちらなのか

 

苛立つのを

近親のせいにはするな

なにもかも下手だったのはわたくし

 

初心消えかかるのを

暮らしのせいにはするな

そもそもが ひよわな志しにすぎなかった

 

駄目なことの一切を

時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄

 

自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ

「観光学」って何をしているの?(2) 前提知識のない人に観光学を説明する

前回、「観光学とは何か?」を簡単に説明できない理由として、思いつくままに以下の8つの理由を挙げてみた。

1. 「観光学部」は近年急増したので、多くの採用担当者が、学部に対する前提知識を持ち合わせていない点
2. 「観光学」は学際的で、文系理系の垣根を越えた全方位の教養が求められる点。言わば「教養学の実学版」であるという点
3. 「観光学」は「領域学」で、1つのディシプリン(学問の基盤となる原理)で説明できない点。
さらにいえば、戦前我が国の観光学を牽引してきた造園学や森林学にしても、戦後観光分野で台頭してきた経営学にしても、それらの学問自体が、そもそも1つのディシプリンで説明できない学際分野で、それらを基盤に発展した観光学は「メタ」学際分野に位置づけられる点。
4. 「観光学=旅行業」と勘違いしている人が多い点
5. 「観光学」に関係する業種・業態が多岐にわたり、就職先も多様である点
6. 「観光は学問ではなく経験だ」と信じ、学問の重要性をいぶかしむ業界人が多い点
7. 新設学部・学科の多い日本の観光系大学の中には、元々観光学を専門にしていない教員が配属されることも少なくなく、結果学生が何を学んでいるのか理解できなくなる点
8. そもそも日本の「観光学」の水準が、国際的には高いとはいえない点
という理由である。

本来であれば、もう少し時間をかけたブレーンストーミングを行って、考え得る理由をできる限りピックアップする必要があるだろう。そしてその結果ピックアップされた理由相互の因果関係や類似性をみて、把握しやすいように数項目にまとめる作業が必要であろう。

人間が感覚的に把握しやすいのはせいぜい3~4項目までである。細かく挙げれば理由はいくつも出てくるが、それを数項目にまとめなければ実践的なリアクションは起こしにくい。余談になるが、そういう意味では、ポーターのファイブフォーシーズは多すぎる(サービス・マネジメント系の講義で聞いたことがありますよね)。実は、このポーターの理論は、5つと言いながらも「脅威×2」「交渉力×2」「競争力」の3つとも言い換えられることがミソである。記憶的には、3つの単語がキーになるため、比較的頭に残しやすいのである。(3つの内的要因と、2つの外的要因に分けて覚えることもできる。)
せっかくなので多数ある項目を数個のグループにまとめる方法に何があるかを、ついでに思い出しておいてほしい。あまり数学が得意でない人でも手っ取り早く取り組める方法には、KJ法があることを思い出せただろうか。また、本学観光学部のコースワークで必修では教えないが、統計学の多変量解析のうちの「主成分分析」や「因子分析」などは、多数の理由や原因を数個にまとめる際に役に立つ分析手法である。

閑話休題、話を戻そう。今回は論理的なプロセスを踏むことの話題ではなく、就活でどう答えられるかが主眼であった。

まずは「1.『観光学部』は近年急増したので、多くの採用担当者が、学部に対する前提知識を持ち合わせていない点」について考えてみよう。

「『人に新たな知識や概念を伝える』というのは、まさに教育そのものである。『3年間自分が教育を受けてきた観光学の内容を採用担当者に伝える』というのは、まさに『自分が受けてきた教育の定着度を試されている』と言って過言ではない。採用担当者が観光学の前提知識を持ち合わせていないからと言って、うまく伝えられないのは、まだ学生の学習が十分でない証拠である」
...と無責任に書いてしまえば身も蓋もないのであろうが、真相はそこにある。(ただ、上の説明では「教員の教え方が悪いから学生が理解できないのだ」などの、学生としては不可抗力といえる可能性から目を背けている。)
いずれにせよ、学生は、相手が知らないことであっても簡潔に上手く伝達する技術を、学生時代に身につける必要がある。相手方が知識を持ち合わせていないケースは、社会に出ればいくらでもある。手短にうまく説明ができなければ、決済に時間はかかるし、企画書は通らないというダメ社員になってしまう。そういう人材はあまり企業も採用したくないであろう。

ただ、このような原則論だけを言っても仕方がないことは、分かっているつもりである。
今回考えねばならないのは、他学部の学生が、「はい。工学部建築学科です。高層ビルの免震構造の計算を研究していました。」とか、「はい。経済学部で金融政策について学んできました。」などと答えれば、すんなりスルーされる質問なのに、「はい。観光学部です。」と答えたとたんに「観光学って何?」と、引っかかってしまうという問題であろう。
採用担当者が、学部に対する前提知識を持ち合わせていないのであるから、この引っかかりは避けて通れない。避けて通れないのであれば、うまく回避する手立てを、学生各自が事前に準備しておく必要がある。

うまく回避するには、伝える立場にある学生自身の課題と、伝えられる採用担当者のへの対応の2つに分けて、戦略を考えると良い。

はじめに、学生自身の課題である。うまく説明ができないのは「3年間自分が教育を受けてきた観光学の内容」を手短に話す準備を面接前に整えていないからである。
時間がない中、どう準備すれば良いか。私は「本学観光学部観光学科パンフレット」の活用を強く薦めている。「学科パンフレット」を、本来入学前に一読し、2年、3年と学年が進む折に読み返してほしいのである。そして、就活の面接前にも再度読み返してほしいのである。
本学科に4つある科目群の中から、自分はどのように履修科目を選び、何を避け、スキップしたのかを振り返ることで、観光学の全体像を把握し、自分の知識/技能の偏りを知ることができる。その作業をしなければ、観光学の全体像の学習を終えていない学生が、他人に観光学をうまく説明できるわけがない。何はともあれ「学科パンフレット」を振り返ってみてほしい。
なぜこれほど「学科パンフレット」にこだわるかというと、観光学には定評のある総論的教科書がないからである。また今後、定評のある教科書が発刊されるのか否かについても分からない。私は当面そうならないのではないかと思っている。観光学にとって身近な学問分野である「経営学」にも定評のある教科書は未だにない。考現学的な文系主体の学際分野には、物理学や数学のような決定版の教科書は生まれにくいのである。
そういう意味で、「学科パンフレット」は重要な位置づけにある。薄い冊子の中に教育内容のエッセンスがまとめられている。人に伝える(=教育)という作業に、これを活用しない手はない。

続いて、前提知識を持ち合わせていない採用担当者への対応について考えたい。
採用担当者は「観光学」の何に疑問を持つのか考えてみよう。

まずは「観光学部です」という言葉を、採用担当者がとっさに理解できないということはないだろう。例えば「グローバルホスピタリティ(^^)ウェルネス学部です!」と言われれば、言葉自体が即座に飲み込めないであろうが、本学はそのようなキラキラネームはつけていない。「観光」という言葉そのものが引っかかりになってはいない。

そうであれば、採用担当者は「観光学部」という言葉の何に疑問を持つのであろうか。
まずは、「観光学」の学問の対象であろう。観光学が学問として対象とする範囲が何か?を採用担当者はとっさに把握できないと思う。
これには「観光学は、観光に関係する『人』『場所』『組織』を総合的に研究する学問である。」とでも答えておこう。
『人』には、「観光業界で働く人」と「観光客」が含まれる。本学科では、前者は主にサービス・マネジメント科目群(人的資源管理)と観光文化科目群(ホスピタリティ論)で教えている。後者はレジャー・レクリエーション科目群(レジャー論)が主に対応している。
『場所』は「観光地」や「交通拠点(空港や駅ターミナルなど)」などを指す。本学科では、レジャー・レクリエーション科目群(観光資源・施設デザイン・公園論・観光地の自然的側面など)や観光文化科目群(観光地の文化的側面など)、地域デザイン科目群(地域計画論・景観論など)が対応している。
『組織』とは「企業」「行政」「NPO」などのことである。本学科では、サービス・マネジメント科目群(経営学的側面)や地域デザイン科目群(地域社会学など)が主に対応している。

また、採用担当者は観光学部を出た人間が役に立つのか?という疑問も持つに違いない。体育学部なら根性があり集団活動にてきぱき対応できるだろうし、工学部であれば特定の専門技術が身についていることが容易に想像できる。では、観光学部はどうなのか。どのような専門性があり、社会人として他学部と比較して何に優位になるのかという点である。
専門性については、観光業独自の売りは「オペレーティブ」な水準にとどまる内容がどうしても多くなってしまう。「旅行業務取扱管理者」に関する知識や資格は、学部生前半、遅くとも3年の秋までには身につけておいてほしい。「観光学士」としては、このオペレーティブな知識の上に、「学士」としての学問を積み上げていく必要がある。本学部で卒論を必修にしている理由はここにあろう。卒論の過程で行う先行研究のサーベイや統計解析、ロジカルシンキングやパラグラフライティングなどのスキルは、社会人になってからこそ活かされる。十分なデータがない中、的確な判断を下していくためには卒論の作成を通じた学士力の向上が不可欠なのである。

最後に、採用担当者には観光学自体がそもそも学問として成立するのか?という疑問もあるに違いない。
それについては、欧米やオセアニア諸国、アジア各国に観光学部・学科があることから考えても「成立する」と答えて問題ない。ただ、日本においては、20世紀の間、製造業関連の第2次産業(自動車や家電等)が強かったため、観光産業に力を入れてこなかったことから大学における観光教育が盛んでなかったということに過ぎない。
胸を張って、観光学は学問たり得ると答えてほしい。

以上、8つのうち、第1の点について幾ばくかの解説をしてみた。とりあえずアップしておく。今後は第2の点についてのブログを書き進めるとともに、このブログについても添削を重ねていきたいと思う。

「観光学」って何をしているの?(1) 観光学が理解されにくいわけ

今は春休み。大学院に進学希望ではない3年生は、連日就職活動の説明会や面接で跳びまわっている。

何十社にもエントリーシートを出したところで、最終的には1つの会社にしか就職できないでのであるから、大いなる無駄な活動であることは間違いない。人生は80年。その80年のうちでも、20代前半という心身ともに充実した時間をこのような活動に充てさせるのは何とも忍びない。
同じ時間を使って旅に出た方が、人生としては充実する。戦後生まれの昭和の大学生は、そのような旅を経験して自律力を高めていった。かくいう私もその1人である。学生時代に、バックパック1つでシベリア鉄道に乗り、ヨーロッパ各地を転々とした経験は、現在でも自分の人生の方向を判断する際に大いに役立っている。

企業にとっても、就活は手間のかかる作業であろう。それ自体利益の上がる活動ではないし、セレクションにかけた効果は不鮮明。採用担当者だってそんなに立派な人ばかりではないだろうから、採るべき学生を落とし、そうでない学生に内定を出すことも少なくないであろう。
このような活動に、無駄に時間をかけることを厭わないのであるから、日本の企業の経営効率が、他国と比べてさほど高くないことも頷ける。就活に時間をかけても、報われることは少ない。効率的・合理的かつ楽にセレクションは行う方法を見いだしたほうが良い。

さて、前置きが長くなってしまった。
上記のタイトルでブログを書こうと思ったきっかけは、そのような就活のまっただ中に放り込まれている学生たちから「観光学って何をしているの?」と面接で聞かれた場合、どう答えれば良いのか困ったと何度も耳にしたことにある。
確かに観光学をショートコメントで説明することは難しい。その理由はには、いくつかある。

思いつくままに挙げるだけでも、
1. 「観光学部」は近年急増したので、多くの採用担当者が、学部に対する前提知識を持ち合わせていない点
2. 「観光学」は学際的で、文系理系の垣根を越えた全方位の教養が求められる点。言わば「教養学の実学版」であるという点
3. 「観光学」は「領域学」で、1つのディシプリン(学問の基盤となる原理)で説明できない点。
さらにいえば、戦前我が国の観光学を牽引してきた造園学や森林学にしても、戦後観光分野で台頭してきた経営学にしても、それらの学問自体が、そもそも1つのディシプリンで説明できない学際分野で、それらを基盤に発展した観光学は「メタ」学際分野に位置づけられる点。
4. 「観光学=旅行業」と勘違いしている人が多い点
5. 「観光学」に関係する業種・業態が多岐にわたり、就職先も多様である点
6. 「観光は学問ではなく経験だ」と信じ、学問の重要性をいぶかしむ業界人が多い点
7. 新設学部・学科の多い日本の観光系大学の中には、元々観光学を専門にしていない教員が配属されることも少なくなく、結果学生が何を学んでいるのか理解できなくなる点
8. そもそも日本の「観光学」の水準が、国際的には高いとはいえない点
などがあげられる。

まあ、就活面接で自分の学部の説明に窮するというのは、何も観光学部の学生に限ったことではないだろう。
20年ほど前から、大学の学部学科名の基準が緩和されてから、1回聞いただけでは何をやっているのか正体不明な学部名が急増した。カタカナばかりの「キラキラネーム」学部も珍しくはない。学部ではないが、専攻コース名に顔文字(^^)が入っている大学まで登場している。ここまで来ると私の常識では説明しきれない。
そういう意味では、「観光学」を名乗る学科は50年近く前から存在していたし、「観光」という言葉そのものは人口に膾炙しているので、ましなほうであろう。
色々ご託を並べたが、「観光学」の説明に窮している学生がいることは、紛れもない事実である。

次回以降で、このテーマについて少しずつ解説していきたいと思う。

【速報】「旅行商品企画コンペ in 香取」で山田貴志さんたちのグループが入賞しました(2013年3月16日発信)

千葉県香取市が行った標記コンペに、本学観光学部の岡山奈央さんと金子健人さんと一緒に、グループで応募した田中ゼミの山田貴志さんの企画案が「アイデア賞」を獲得しました。

企画案のタイトルは「欧州一流料理人のため日本 欧州一流料理人のため日本 でしか手に入らない『味』を探す旅」です。

 

おめでとうございます!

詳しくは、香取市プレスリリース(2013年3月12日)を参照ください。

ゼミHPの立ち上げにあたって

昨年の4月に東海大学観光学部観光学科田中伸彦ゼミが発足し、早1年が経過しようとしている。HPを、ゼミと一緒に立ち上げようと思っていたのであるが、新設学部の新設ゼミの運営は思ったより手間がかかり、年度も末の末、3月になってやっと開設にこぎ着けた次第である。

初年次のゼミ生は17名。そのうち2人は、それぞれの夢を実現するためにすでに社会に旅立っている。残りの15人は現在就職活動や進学に向けて日々のスケジュールに追わている。1月に卒論のテーマがほぼ定まったので、それに向けての準備も着実に進めている(ことを願っている)。

2年次のゼミ生もすでに内定している。彼らが進学してくる前に何とかHPを軌道に乗せたいと思っている。

HPを立ち上げようと思った動機は、学生に大学ゼミがどのように運営されているのかを深く知ってほしかったからである。ゼミにも色々ある。友達気分で楽しく過ごしておしまいというゼミもあれば、しっかりと目的を持って勉学に励むゼミもある。私は元々理系の出身なので、配属の研究室が決まると、研究室に机をもらい、講義があろうとなかろうと学生は研究室に通うというのが常識という環境で育ってきた。しかしながら文系学部のゼミは必ずしもそうではない様である。現在春休み期間中である。卒論の相談などで私のゼミにもぽろぽろ学生は来訪してくるが、構内には学生はまばらで、至って静かである。「就活に追われている」ということもあろうが、ゼミ配属の後も、大学に顔を出さない学生が大勢である。

これでは大学で「何故ゼミが開講されているのか」、「ゼミがなぜ大切なのか」を全く理解しないままに卒業する学生が続出しかねない。大学を大人数講義だけで終えてしまってはもったいない。ゼミでしっかりとコースワークをこなさなければ、大学に来た価値は半減してしまう。

ゼミは何故あるのか?
いろいろな答え方があろうが、私は学問を構築し、積み上げるための基盤として大学にゼミ(理系の場合は研究室)が欠かせないのだと思う。ゼミに関わらないと言うことは、大学にまできて学問に取り組むための土俵に上がらなかったことに等しい。
観光学部のゼミの使命は、「観光学」という学問分野の水準を少しでも高めることにある。その使命を果たすために、ゼミ生は研究テーマに取り組むのである。論理的・科学的な研究調査に基づいて新たな知見を見いだし、既存の「観光学」の上に新たな知を積み上ることがゼミのメンバーに要求される。
研究の過程で行う先行研究のサーベイや統計解析、ロジカルシンキングやパラグラフライティングなどのスキルは、社会人になってからも十分活かされるはずである。国際化が進む観光業界では、これらのスキルが今後ますます必要とされることは間違いない。昨年WTTCで来日した観光関連企業の要人の肩書きを思い出してもらいたい。実務家といえども博士号などの学位を持っている人が少なくない。日本のように、官民あげて観光業界には専門的な学問は必要なく、ノリで何とかなると安穏としている国は珍しい。

話は戻るが、そう言ってみても現実を見ると、文系学部では「ゼミとは何か」が分かるほど、大学にコミットしないままに卒業していく学生が少なくないような気がしている。
「どの様な活動がゼミで行われるのか」を、HP上で紹介する理由もそこにある。あまり大学に関わってこなかった学部4年生は、HPを見て、ゼミでどの様なこととが行われていたのかを疑似体験・再認識してほしい。もし、1・2年生がこのHPを読んでくれるのであれば、教員を中心に、ゼミがどの様な活動をしているのかを予習し、自分がゼミに配属された後の生活を充実させてほしい。

以上初回から堅めの文章になってしまっているが、このブログでは、普段講義や論文では触れることのないテーマを本音で綴っていきたいと思っている。