東海大学観光学部観光学科 田中伸彦ゼミ

2012年4月 田中ゼミがスタートしました。 2013年3月にホームページをアップしました。

本拠地 

〒151-8677 東京都渋谷区富ヶ谷2-28-4 東海大学観光学部 4号館3階 

TEL.03-3467-2211(代)

湘南キャンパス 〒259-1292 神奈川県平塚市北金目4-1-1 東海大学E館1階教員室1

 

TEL.

0463-58-1211 (代)

05月

「レジャー・レクリエーション研究 71号」に記事が掲載されました(2013年5月19日発信)

2013年3月付発行の「レジャー・レクリエーション研究 71号」69-74ページに記事が掲載されました。

「第12回世界レジャー会議(イタリアリミニ)報告」という記事です。2012年9月から10月にかけて文科省の科研費で、上記会議に出席した内容を報告した記事です。

世界レジャー会議は2年に1度開催されているレジャー学関係では最も大きな会議の1つです。次回は2014年にアメリカアラバマのMobile Bayで開催予定です。

「観光学」を学ぶ人のための「ネイチャー論」(その6) 日本の海域の自然

「日本は海洋大国である。」この事実を日本人は自覚しているようで自覚していない。

ネイチャー論をとったからには、是非この事実を自覚してほしい。

日本の国土は約38万平方キロメートル、さして大きな国ではない。世界には現在約百九十数カ国あるが、単純に国土の陸域面積だと日本は62位にすぎない。それが、領海と排他的経済水域を合わせた面積では第6位に位置づけられる(約448万平方キロメートル)。日本より大きな海を持つ国は、アメリカ・フランス・オーストラリア・ロシア・カナダの次に来る。陸域と海域を合わせた面積でも第9位(日本より上位に左記に加えてインド・ブラジル・中国が来る約486万平方キロメートル)に位置付く。日本は10指に入る面積を誇る大国なのである。

こんな海洋国に住む日本の観光学を学ぶ学生が、日本の海の自然性について十分理解しなければ宝の持ち腐れとなってしまう。もちろん今でも、日本海のカニや太平洋のカツオなどの海の幸が観光に用いられていることは知っているであろう。また小笠原や高知県のホエールウォッチング、沖縄などのダイビングやシーカヤックが有名なこと、冬の知床の流氷が観光デスティネーションになっていることも知っているだろう。夏には各地の海水浴場が賑わうことももちろん知っているであろう。このような、観光地理情報・観光資源情報は確実に覚えておいて欲しい。しかもできる限り低学年のうちに覚えてしまい、とっとと国内の旅行業務取扱管理者の資格は取得しておいてほしい。

しかし、皆さんは大学で学ぶ学生である。上記のような旅行地理の暗記だけであれば専門学校の教育で十分教えてくれることと思う。大学の学生は、日本の海の成り立ちの概要を科学的に理解するとともに、地域の海の自然性を客観的にとらえる力を身につけてほしい。

そうすれば、鎌倉市のように、由緒ある海岸の名前をネーミングライツと称して売りに出すような恥ずかしい暴挙はなくなるであろう。

さて、日本の海は広く、深いまた暖流・寒流に恵まれ、北から南までの間に流氷から珊瑚礁まで抱えている。日本は流氷の南限、珊瑚礁の北限に当たる。つまり、日本の海域には世界の海がコンパクトに詰まっているのである。ハワイのような海も、アラスカのような海もさほど緯度が広くない地域に詰まっているのである。そしてその中に3万4千種の生物がひしめいている。この種数は世界で最も豊富であるという事実が、近年の調査で明らかにされている。

そしてそれは、浅瀬から深海まで水深が豊富でしかも寒流・暖流がぶつかる太平洋という大海と、実は生態系の歴史としては新しくキュウリエソという小魚1種に支えられている日本海という2つの異なるを抱えていることも1つの要因である。太平洋の生態系、日本海の生態系を各々理解して、持続可能な形で資源を活用し、美しい海、ダイナミックな海、美味しい海を満喫できるプログラムをつくるのかが、観光関係者の腕の見せ所であろう。

【参考】

領海:国家の領域の一部で、海岸に沿って一定の幅をもつ帯状の海域。現在は原則として12海里(約22キロ)とされている。「―侵犯」(大辞泉)

排他的経済水域:沿岸国が海洋および海底下の生物・鉱物資源の探査・開発・保存・管理などに関して主権的権利をもつ水域。1982年の国連海洋法条約で、その幅は沿岸から200海里(約370キロメートル)を超えてはならないとされている。経済水域。EEZ(exclusive economic zone)。 (大辞泉)

公海:国際法上、特定国家の主権に属さず、各国が自由に使用できる海域。 (大辞泉)

「観光学」を学ぶ人のための「パーク論」(その6) 日本の国立公園 に関連する制度

国立公園の管理に携わろうとすれば、自然公園法に規定された主立った制度や自然公園法に定められているわけではないが自然公園と深く関わる様々な制度を覚えておく必要がある。

今回は、それらの制度をまとめて紹介する。実際のところ、国立公園の管理は、ただし全地域に隠遁して人と関わらない自適な生活をしていれば良いわけではない。産業界との交渉、利害関係の調整、啓蒙や教育様々な業務が待ち受けている。日本では顕著ではないが密猟者との命がけの戦があったり、暴動に巻き込まれたりすることもある。その点については「ガラパゴス」の事例で、講義ではビデオをみて学んでもらうことにする。

以下には、前段の制度についての概説を行う。

【その1:自然公園制度の中で覚えておいてほしい事項】

海域公園(旧:海中公園):1970年、国立/国定公園内の海域の景観を維持するため、公園計画に基づいて、その区域の海域内に設けられた地区。自然公園法により指定・管理。従来の名称は海中公園。2010年4月の改正自然公園法の施行で変更。国立公園等の海域内においても、利用調整地区を指定可能。2009年(平成21年)11月現在、日本国内では82の地区が指定され、指定に関係している公園は25箇所に上り、また総面積は4,056.9ヘクタールに及ぶ。

集団施設地区:国立・国定公園の利用拠点に宿舎、野営場、園地などを総合的に整備する地区として、公園計画に基づき環境大臣が指定する地区(自然公園法第29条)。指定されると集団施設地区計画が樹立され、これに基づき各種の施設の整備が図られる。中部山岳国立公園の上高地地区、日光国立公園の湯元温泉地区などが代表的。都道府県立自然公園においては条例により指定できることになっている。ビジターセンター、エコミュージアムセンターなど。

休暇村:自然とのふれあいを目的として、国立・国定公園内に宿泊施設を中心にキャンプ場、広場、休憩所等の各種施設を総合的に整備したエリア(集団施設地区)のうち、宿舎、スキー場等の有料施設を(財)休暇村協会が整備、運営している形態のもの。1961年から環境省(当時は厚生省)が整備開始、支笏湖、岩手網張温泉など36か所が開村。なお、施設のうち、広場、歩道、駐車場、キャンプ場等の公共施設については、国・地方公共団体が「自然公園等事業」として整備。

【その2:自然公園制度ではないが深く関わっているので覚えておいてほしい事項】

長距離自然歩道:豊かな自然や歴史、文化にふれあうとともに、健全な心身の育成や自然保護に対する理解を深めることを目的として整備された長距離の自然歩道。路線計画、整備計画を環境省が樹立、関係都府県により整備。1970年の東海自然歩道(1697km)から、九州、中国、四国、首都圏、東北、中部、北陸、近畿と順次整備。2003年には全国で9番目の長距離自然歩道として、「北海道自然歩道」の路線及び整備計画(4,585km、整備期間2003~2012年)が決定。全国の長距離自然歩道の総延長は約2万6千km、全国ネットワーク化が完成。

鳥獣保護区:鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護法)に基づき、鳥獣の保護繁殖を図るために指定される区域である。国指定鳥獣保護区(国設鳥獣保護区:69区域)、都道府県指定鳥獣保護区(都道府県設鳥獣保護区)と呼ばれる。鳥獣保護区では、鳥獣の捕獲が禁止。2007年の法改正から野生鳥獣の保全事業を実施。特に重要な区域を特別保護地区に指定。特別保護地区では、建築物や工作物の設置、埋め立て・干拓及び木竹の伐採などの野生動物の生息に支障をきたすおそれのある行為について指定者の事前の許可が必要となる。

天然記念物:「文化財保護法」(1950年制定)に基づき、文部科学大臣が指定する。所管は文化庁。前身は1919年(大正8年)に公布された「史蹟名勝天然紀念物保存法」。天然記念物の位置づけは、文化財保護法で規定する6種の「文化財(有形・無形・民俗文化財、記念物、文化的景観、伝統的建造物群)」のうち、「記念物」を構成する3種の対象の一つである(他の2つは「史跡」と「名勝」)。指定対象は、動物、植物、地質鉱物及び天然保護区域。天然保護区域では、4件が特別天然記念物に指定されている。(大雪山 : 北海道、尾瀬 : 福島県・群馬県・新潟県、黒部峡谷附猿飛ならびに奥鐘山 : 富山県、上高地 : 長野県)。

世界遺産:1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて、世界遺産リストに登録された遺跡や景観そして自然など、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」(Outstanding universal value)をもつ不動産を指す。文化遺産:顕著な普遍的価値をもつ建築物や遺跡など。自然遺産:顕著な普遍的価値をもつ地形や生物、景観などをもつ地域。複合遺産:文化と自然の両方について、顕著な普遍的価値を兼ね備えるもの。他に、危機遺産、暫定リストなど。

保護林制度:原生的な森林生態系からなる自然環境の維持、動植物の保護、遺伝資源の保存、施業及び管理技術の発展等を目的。区域を定め、禁伐等の管理経営を行い、保護を図る森林で、国有林野独自の制度。国有林野事業では、学術の研究、貴重な動植物の保護、風致の維持等を目的とする国有林野独自の制度として、自然公園法の前身である国立公園法(昭和6年)や、文化財保護法の前身である史跡名勝天然記念物法(大正8年)の制定に先駆け、大正4年に保護林制度を発足させて以来、その保護に努めてきた。

森林生態系保護地域:国有林野事業で行われている保護林制度のひとつ。1991年の制度改正により設けられたもの。指定の基準は、(1)日本の主要な森林帯を代表する原生的天然林の区域で、原則として1,000ha以上の規模のもの、(2)その区域でしか見られない特徴を持つ希少な原生的天然林の区域で、原則として500ha以上の規模のもの。現在29箇所、約65万haが指定。ユネスコの「人間と生物圏計画(MAB計画)」の考え方を取り入れ、コア(保存地区)、バッファー(保全利用地区)を組合わせた保護方策が採られ、保護の効果を上げている。)

レクリエーションの森:国有林の制度。それぞれの森林の特徴や利用の目的に応じて、自然休養林、風景林、自然観察教育林、風致探勝林、森林スポーツ林、野外スポーツ地域の6種類に区分。

自然環境保全法:国民が将来にわたって自然の恵みを受けることができるように自然環境の保全に関する基本的事項を定めた法律。環境省所管。旧環境庁の発足後、間もなく制定された(1972)が、環境基本法の制定(1993)に際して理念に関する条文の一部は同法に移行した。自然環境保全の理念や自然環境保全基礎調査など基本的事項についての規定のほか原生自然環境保全地域(5カ所)、自然環境保全地域(10カ所:15カ所を合わせても、27,224ha)、の指定や保護規制などを定めている。また、自然環境保全に関して都道府県が制定する条例に法的な根拠を与えている(都道府県自然環境保全地域。)。

原生自然環境保全地域:自然環境保全法(1972)に基づいて環境大臣が指定(法第14条)するもので、当該地域の自然環境を保全することが特に必要と認められ、人の活動によって影響を受けることなく原生状態を維持している1,000ha(島嶼にあっては300ha)以上の土地で国公有地であることが指定の要件となっている。工作物の新改増築、土地の形状変更、動植物の採取など各種行為は原則禁止となっており、日本の自然保護地域制度の中で最も厳しい保護規制が行われている(法第17条)。遠音別岳(北海道)、十勝川源流部(北海道)、南硫黄島(東京都)、大井川源流部(静岡県)、屋久島(鹿児島県)の5地域、合計5,631ヘクタールが指定されている。)

 

 

「観光学」を学ぶ人のための「レジャー論」(その5) レジャーの思想的側面(古代ギリシャ・ローマ その1)

「レジャーに対する労働の優位」は絶対的価値観か? というテーマについて考えたい。

 

現代の日本は、仕事中心に世の中が回ってる。

夜遅くまで毎日仕事をしていて家に帰ってこないお父さんがたくさんいる。

有給休暇を全て消化しない社会人がたくさんいる。

就活のために大学の講義を休むことは半ば公認されている。 などなど。

レジャーに対する労働の優位は日本国内くまなく蔓延している。皆もこの事実を疑うことなく受け止めてきたのではないだろうか。しかしながら、この「レジャーに対する労働の優位」というものは人類が誕生して以来の不変の原則なのであろうか?答えはNOである。観光学の学生には、このNOという事実をしっかり根拠を挙げて説明できるようになってほしい。

21世紀になって、我が国に観光学部が乱立し始めたのは「観光立国」という施策のためである。政府は「観光立国の実現」は国家的課題であり、21 世紀の我が国経済社会の発展のために不可欠であると考えている。そのため、21世紀の日本の観光産業を担う人材を養成するために高等教育で観光を教える動きが加速したわけである。

高等教育で観光学を修めた学生は、未来の日本の観光の行く末に大きな影響を与える可能性が高い。つまり、君たちがおしなべて「レジャーに対する労働の優位」が人類普遍の価値観だと万が一認識してしまうと、日本の観光は殺伐としたものになってしまうであろう。

人は経済効果を高めるために「観光」をしているのだろうか?

仕事のついでに「商用」観光に行く様なことが、なぜ行われるのか?

仕事を休んで旅行に行くと、「**に行ってきました」と箱に書かれたお菓子など、罪滅ぼしの「土産」を買ってくる。こんな不思議な習慣が人間の生活を豊かにするのか。

仕事で「忙しい」ことが美徳の日本。でも旅で見聞を広めた方が人間の幅が広くなるのではないか。忙しいまま死んでいってもいいのか?

「観光」は、日本では経済効果を上げるための手段にすぎないのか?「観光学」を修めた君たちは、会社の売り上げを上げさえすれば、人間性を豊かにしないツアーを売り続けて良いのか?

この不思議な状況を真摯に受け止め、将来の観光産業のあり方について深く思いを巡らせることができる人間に成長してほしい。

そのために、過去の歴史を振り返り、レジャーの思想的変遷について学んでもらう。

今回から次回にかけては、遙か古代にさかのぼる。古代ギリシャ、古代ローマ時代におけるレジャーに対する代表的価値観を、ごく簡単であるが紹介する。なぜ日本ではなく、欧米なのか。これにはいくつか理由がある。まず、古代ギリシャや古代ローマ時代、つまり縄文時代や弥生時代には、日本には文献が残っていないのである。そのため縄文人や弥生人のレジャー観は検証しようがないのである。実はこの状況は中世においても継続される。例えば禅宗の考えに「不立文字」という考え方がある、「明文化された思想は、解釈次第で都合良く変わってしまうので、あえて文字を立てない」という考え方である。この様な考えが浸透しているためか、日本には哲学やロゴスの世界は成立しづらく、論理的な思想史をたどることが難しいのである。

なお、「日本人の心の歴史」については有名な著書もあるのでそちらを参照されたい。

ギリシャ語でレジャーはSchole(スコーレ)と呼ばれていた。ラテン語ではOtium(オティウム)ないしはLicere(リセーレ)と呼ばれていた。

スコーレは現代英語ではschoolにつながる。「自由時間をいかに人間らしく生きるか」を考え、自己を高めるために集まる場所、それがschoolである。その頂点にある大学は、実のところ究極のレジャーランドなのである。現在は、「自己を高める」というよりは「怠惰な娯楽を享受する」という意味で「大学のレジャーランド化」が憂慮されているが、これからの大学は本来の意味でのレジャーランドを目指すべきであろう。

ところで話を変えると、当時の「労働」はなんと言われていたのだろうか。「ascholia:アスコリア」つまり、Not leisure(レジャーの否定形)で表現されていたのである。労働という概念には独立した言葉がなかったわけである。この当時、人々の意識の中心には「レジャー」があり、その周縁概念として「労働」があったのである。ギリシャ時代は「労働に対してレジャーが優位」だった時代といえる。

これと同じことは、ラテン語の「Otium(オティウム)」にも当てはまる。レジャーつまり「Otium(オティウム)」の否定形が、仕事に当たる「negotium」。現在のnegotiationである。仕事はあくまでもレジャーの付加物であったわけである。

加えて言えば、ラテン語ではレジャーは「Licere(リセーレ)」とも呼ばれている。現在フランスの後期中等教育機関、lycéeつまりschoolにも繋がる言葉であるが、英語ではライセンスlicenseの語源となった言葉である。「人間が人間らしく自由に生きることを許容されること」それがリセーレなのである。

人間が人間らしく自由に生きるための手助けをすること。それが観光関連産業に携わる者に求められている能力なのではないだろうか。

 

 

 

「観光学」を学ぶ人のための「ネイチャー論」(その5) 日本の陸域の自然

日本は先進工業国というイメージが強いかもしれないが、経済が発展している国の中で、これほど多様な自然植生に覆われた国はなかなかない。

実際、国土のほとんどは自然である。日本の陸域のほぼ3分の2が森林、十数%が農地に覆われている。これだけでも実に国土の8割が自然植生に覆われている。温帯でこれほど植生が豊富な地域はまれである。特に森林率の高さは目を見張る水準にある。フィンランドや熱帯地域などに森林が豊富な国は見受けられるが、温帯でこれほど森林率が高い国は日本と韓国ぐらいのものである。日本と同じ緯度にある他の温帯地域には、軒並み沙漠が広がっている。嘘だと思うなら世界地図を広げてみると良い。北海道から沖縄に相当する緯度にはゴビ砂漠、タクラマカン砂漠、リビア砂漠など、名だたる砂漠が並ぶ。アメリカ合衆国も内陸部の多くが乾燥地であるし、地中海に面したイタリアやスペインなども決して湿潤地域ではない。地球の大気の大循環の中では日本や韓国に当たる緯度は本来乾燥しているのが普通なのである。

しかしながら、日本の西には壮大なヒマラヤ山脈が聳えている。そのため、大気の循環がイレギュラーになる。特に偏西風が蛇行を起こすことで、偶然にも日本や韓国はたくさんの降水量に恵まれているのである。飛行機から見下ろすと茶色ではなく緑に覆われている国、それが日本なのである。

加えて日本は豊富な種類で多様な生態系に恵まれていることも特徴である。私自身、大学で森林学を学び、その後20年も森林総合研究所に勤務していたが、とても林内の動植物・鳥・昆虫などを覚えることはできなかった。学者泣かせなほど、あまりにも生物が多様なのである。それに比べればヨーロッパの植生は単純で羨ましい。日本中の生き物を覚えて自然ガイドをしようとすることは無謀な行為である。あくまでも「トコロジスト」として地域な主要な生き物と寄り添うことを選ぶべきである。

加えて日本には固有種が多い、大陸とくっついたり離れたりを繰り返すことで、多くの生物種が供給されると同時に独自の進化を遂げて新たな種へと分化していったわけである。日本は世界の中でも生物多様性のホットスポットとなっているわけである。

 

豊かな動植物がいるのであるから、世界中からその魅力に惹かれて外国人が多く訪れる。カラーバリエーションが豊富な秋の紅葉、雪の中に生息するニホンザル(スノーモンキー)などは、海外の人の間でも日本の観光の魅力として結構有名である。また、私はアマミノクロウサギの調査で奄美大島の人気の少ない林道などに出かけた際に、バードウォッチングのために来訪したイギリス人やドイツ人に遭遇したことが何回かある。日本の自然は外国人からすると、日本人の想像を超えるくらいに奥の深いデスティネーションなのである。

この様な日本の自然を、観光学の学生はどの様に理解し、どの様に活用すれば良いのであろうか。観光学の学生に、生態学者のような能力を求めるのは無茶であろう。我々は我々なりの方法で、日本に自然の観光学的あり方を模索していかなければならない。この問に対する一律の解答はない。ケースバイケースで考えていくことが必要である。

ただ、解答はないが原則はある。ネイチャーレクリエーション論で強調している三原則である。つまり、

1.「(自然は)保全しなければならない」

2.「(自然は)訪れるに値する」

3.「(自然は)恐ろしい」

という3点である。

ディズニーのSCSEの原則のように、自然地域の観光においては1~3の順番で優先順位をつけて、適切に管理することが大切である。

その要として観光学を修めた人間が役に立てる時代が来れば良いと思っている。

具体的なノウハウは未だ確立していない。

 

 

 

「観光学」を学ぶ人のための「パーク論」(その5) 日本の国立公園

日本で国立公園を制定しようとする動きは明治の末に始まった。

1910(明治43)年から始まった第43回帝国議会で日光富士山を国設の公園にしようという建議が提出されたのが自然公園制定の先駆けとなった。実はこの時期の公園への期待は自然保護というよりは観光を通じた経済的期待のほうが大きかったといわれている。アメリカの国立公園成立の事情とはその点が大きく異なる。

実は同じ時の帝国議会に「老樹大木の保護」や「史跡・天然記念物の保存」に関する建議が提出されている。これは現在の文化財保護法につながる動きであるが、この動きのモチーフはアメリカの国立公園制度であったのが何だか捻れていて興味深い。

結果的には1931(昭和6)年に国立公園法が制定され、その3年後の1934(昭和9)年に「瀬戸内海」「雲仙」「霧島」の3カ所が日本初の国立公園として指定されたことはこの業界では常識となっている。

ところで、現在の国立公園は1957(昭和32)年制定の「自然公園法」に法的な根拠がある。所管官庁は環境省で、自然公園とは、優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図ることにより、国民の保健、休養及び教化に資するとともに、生物の多様性の確保に寄与する公園のことである。以下の3種類にカテゴライズされている。

国立公園 我が国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地。環境大臣が指定。

国定公園 国立公園に準ずる優れた自然の風景地。環境大臣が指定。

都道府県立自然公園 優れた自然の風景地。都道府県が指定。

どの様な地域が国立公園や国定公園になるかといった点については「自然公園選定要領」に定められている。

また自然公園の管理は日本人の観光レクリエーション観の変化や、公園指定による風景評価の変化・多様化などに合わせて変化を遂げてきた、現在は国立公園に多様なニーズが寄せられているため、かつての様に造園学を修めた国立公園レンジャーが公園内部の管理を専従的に行うのではなく、国立公園の周辺地域とのつながりも含めて、地域住民や自然保護団体、農林水産業者など多様なステークホルダーとの協働型管理が求められているのである。

また、自然公園法の構成については自然公園法の概要を参照されたい。「自然公園の管理」は「保護」と「利用」のための「事業」と「規制」のをたすき掛けにした4種類の計画に加えて「セイブル多様性の保全」に係る計画で構成されている。そのために、規制は5段階でゾーニングされていることも覚えておいてほしい。また海域公園地区の概念も理解しておいてほしい。

 

「観光学」を学ぶ人のための「ネイチャー論」(その4) 自然の多面的機能を押さえよう

「コンクリートから人へ」というのは政権交代時の民主党のキャッチフレーズであった。

今は自民党政権に戻り、このキャッチフレーズをテレビなどで耳にする機会も少なくなったが、21世紀の日本にとっては今でも大切な考え方であることは変わりない。

かつて日本はリゾート法(総合保養地域整備法)で、あたかも日本中の山や海を全てコンクリートで塗り固めた観光地にしようという勢いで、開発が進みかけた時代があった。観光利益、開発利益のために日本の自然を犠牲にすることに自責の念を感じなかったという前科が日本にはある。その過ちを繰り返してはいけない。

さすがに現在日本の観光業界が、コンクリートで自然を破壊するような行為を進めることは少なくなったが(離島などでは未だに見られないこともない)、大手の旅行業者などで自然に対する理解が進んだわけでもないと私は感じている。例えば世界遺産に登録された自然地域に旅行業者は次から次へと人を送ってくる。「お客様のニーズ」「地域活性化のため」など心地よい言葉を並べるが、要するに自社の利益の前では自然の環境収容力など考えていない職員が多いのである。今年の夏の富士山はどうなることやら、興味本位で山を壊すことに無神経な人が多く登るようになり、良心的な人はかえって登山を控えるような悪循環に陥らなければ良いのであるが…

さて、本学観光学部では、この様に地域の自然の持続可能性や海や山のワイズユースができないような人材を輩出したくない。そのためには是非自然の持つ多面的機能を知っておいてほしい。

下記のURLの図のとおり、海には海、山には山、農地には農地それぞれの多面的機能がある。中には海の「国境監視機能」のように数年前までは「なんだこれ?」と一笑に付されていた機能も近年の国際情勢の中で認識が変わったようである。各機能についていざというときのためにしっかり理解しておく必要性が共有されたことは重要である。各機能についてこのページで逐一説明はしないが、是非概念も含めて覚えておいてほしいと考えている。

http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/businessindex/shinko/agri/noson_kankyo/hpdata/1-1.htm

またその様な機能を保全するための制度も整えられている。例えば森林については明治時代から保安林という制度があり、水源涵養や土砂災害防止、雪害防備、風致の維持などの目的で下記のURLのとおり17種類の保安林が設けられている。これらの保安林の種類についても実際に観光まちづくりなどの推進で関わる機会が多いので、どの様な目的でどの様な保安林があるのかを覚えておいて頂きたい。

http://www.rinya.maff.go.jp/j/tisan/tisan/con_2.html

 

さらに、「機能」と「サービス」との違いについても理解しておいてほしい。

まずサービスについて説明しておく。世界的観点から見ると、21世紀に入ってからは生態系サービスつまり自然が我々に施してくれる各種のサービスに関する理解や研究が進んでいる。通常、生態系サービスは供給サービス(Provisioning services)、調整サービス(Regulating Services)、文化的サービス(Cultural Services)、基盤サービス(Supporting Services)にカテゴライズされている。ちなみに、観光レクリエーションとしての自然からのサービスは文化的サービスに相当するサービスである。

ところで機能とサービスの違いであるが、人間は自然がもたらす機能の一部をサービスとして享受しているという関係を覚えておいてほしい。例えば山菜採りを頭に浮かべてほしい。人間は山に生える山菜を根こそぎ採り尽くすわけではない。自然はたくさんの山菜を供給してくれる「機能」を持っているが、人間が「サービス」として活用するのはそのほんの一部分なのである。観光レクリエーションにしても全ての自然を活用し尽くすのではなく、その一部を活用して人間は満足できるわけである。その間合いを観光関係者に会得してほしいのである。

 

「観光学」を学ぶ人のための「パーク論」(その4) 世界の国立公園

世界最初の国立公園は、アメリカのイエローストーン国立公園である。今からおおよそ130年前、1872年の出来事である。この国立公園の誕生には、秘話として以下のことが語り継がれている。

時はゴールドラッシュに沸く西部開拓の時代であった。西へ進んだ開拓民たちは、各地で牧場経営などをはじめた。法律に基づき開拓民が開墾すれば、そこは自分たちの所有地になった。
そのような時代の最中、1870年にHenry D. Washburnらの探検隊は、イエローストーンの間欠泉や雄大な滝などの大自然に目を奪われた。
その夜、キャンプの焚き火を囲みながら、隊員たちは昼間見た景色の感動に酔いしれた。
その時、隊員のひとり、Cornelius Hedgesが、この大自然を個人の所有のもとで開拓し、荒らすのではなく、後世に伝えて公共の福祉に供するべきだと熱く語った。
この夜の熱い議論が、世界で最初の国立公園、1872年のイエローストーン国立公園の誕生を生んだのである。

以降、国立公園の概念は全世界に広まった。
日本でも1931(昭和6)年に国立公園法が制定され、戦後自然公園法に受け継がれ、今では北海道から沖縄まで、全国に30の国立公園を有するまでになっている。
ただし日本の国立公園は、アメリカのように営造物制ではなく地域制公園で、管理の仕組みや保全も目的も必ずしもアメリカとは同一ではない。

世界各国に国立公園(national park)があるが、必ずしもその概念や管理の方法が同一であるわけではない。同じ言葉が別の概念で使われていては何が何だか分からなくなる。
そのためIUCNなどが音頭を取り、10年に一度をめどに世界国立公園会議というものが開催されている。この会議は、第1回目が1962年にシアトル(米国)で開催されており、直近では2003年にダーバン(南アフリカ)で第5回会議が開催された(次回は2014年開催予定)。
第5回会議の成果は、『地球の保護地域2003(Planet’s list of Protected Areas 2003)』として刊行されるとともに、World Database on Protected AreasとしてWEB上で公開もされている。

IUCNのカテゴリーは、6つのカテゴリーに分けられている。ただし、カテゴリー1は「1a」と「1b」に分けられているので実質的には7つのカテゴリーと行って差し支えない。それらは下記のとおりである。

カテゴリー1a 厳正保護地域 Strict Nature Reserve:主として学術的な目的のために管理

カテゴリー1b 厳正保護地域 Wilderness Area:主として原始性の保護のために管理

カテゴリー2 国立公園 National Park:主として生態系保護とレクリエーションのために管理

カテゴリー3 天然記念物 Natural Monument or Feature:主として特異な自然物を保全

カテゴリー4 首都生息地管理地域 Habitat/Species Management Area:主として管理介入と通じて保全

カテゴリー5 景観保護地域 Protected Landscape/Seascape:主として陸域・海域景観の保全とレクリエーションのために管理

カテゴリー6 資源保護地域 Protected Area with sustainable use of natural resources:主として自然生態系の持続可能な利用のために管理

そして、日本の国立公園の多くはカテゴリー2ではなくカテゴリー5に区分されている。そしてカテゴリー2には、「森林生態系保護地域」や「国設特別鳥獣保護区」など、他の法律や規程による保護地域がエントリーされている。日本の国立公園は必ずしもIUCNの国立公園と同値ではないのである。

2014年の世界国立公園会議でこれらカテゴリーがどう修正されていくのかは来年を待つしかないが、今はこの様に世界の国立公園と日本の国立公園との微妙な違いを覚えておいてほしい。

 

 

 

「観光学」を学ぶ人のための「レジャー論」(その4) エンデの『モモ』を読もう

「学問はファンタジーには勝てない」
細々とではあるが、四半世紀学問に携わってきた訳であるが、一貫して上記の様に感じている。
学問を通じて何かを理解しても、必ずしもそれがその人の身についているとは限らない。しかしファンタジーを通じて何かを悟った人は、道を踏み外すことが非常に少ない。それを忘れてしまうことはまずないのである。

レジャー論においてもそれは当てはまる。私自身はアリストテレスのレジャー論やピーパーの「余暇と祝祭」論、鈴木正三の職業倫理など、レジャーや労働に係る各種学説などを読むとワクワクするのであるが、大半の人は眠くなるのがオチであろう。

その様な中で、目の前にいる200人の学生に「お勧めのレジャー論の教科書は?」と質問された場合、私は学術書や論文ではなくミヒャエル・エンデの『モモ』を推薦すると思う。
『モモ』は3部作21章の児童向けの長編物語である。ストーリーは各自読んで頂きたい。私が『モモ』をレジャー論のテキストとして推薦するのは、第1部の「モモとその友だち」で「レジャーの本質」を、第2部の「灰色の男たち」では「現代社会の本質」を、そして第3部の「<時間の花>」では「人生における時間とは?」『資本主義と効率主義は人間を幸福にするのか?」ということを考えさせてくれるからである。
この様な難しい課題を児童向けの文学書としてワクワクドキドキする筆致でまとめているエンデ氏と訳者の大島氏には脱帽である。この様にして身にしみたレジャー観は「けっしてぬけない鉤針のように心にしっかりくいこん」で来ること間違いないと思う。

是非、学生のうちに一度読み、そして社会人になってから再び読み返して頂きたい。