東海大学観光学部観光学科 田中伸彦ゼミ

2012年4月 田中ゼミがスタートしました。 2013年3月にホームページをアップしました。

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18日

「観光学」って何をしているの?(2) 前提知識のない人に観光学を説明する

前回、「観光学とは何か?」を簡単に説明できない理由として、思いつくままに以下の8つの理由を挙げてみた。

1. 「観光学部」は近年急増したので、多くの採用担当者が、学部に対する前提知識を持ち合わせていない点
2. 「観光学」は学際的で、文系理系の垣根を越えた全方位の教養が求められる点。言わば「教養学の実学版」であるという点
3. 「観光学」は「領域学」で、1つのディシプリン(学問の基盤となる原理)で説明できない点。
さらにいえば、戦前我が国の観光学を牽引してきた造園学や森林学にしても、戦後観光分野で台頭してきた経営学にしても、それらの学問自体が、そもそも1つのディシプリンで説明できない学際分野で、それらを基盤に発展した観光学は「メタ」学際分野に位置づけられる点。
4. 「観光学=旅行業」と勘違いしている人が多い点
5. 「観光学」に関係する業種・業態が多岐にわたり、就職先も多様である点
6. 「観光は学問ではなく経験だ」と信じ、学問の重要性をいぶかしむ業界人が多い点
7. 新設学部・学科の多い日本の観光系大学の中には、元々観光学を専門にしていない教員が配属されることも少なくなく、結果学生が何を学んでいるのか理解できなくなる点
8. そもそも日本の「観光学」の水準が、国際的には高いとはいえない点
という理由である。

本来であれば、もう少し時間をかけたブレーンストーミングを行って、考え得る理由をできる限りピックアップする必要があるだろう。そしてその結果ピックアップされた理由相互の因果関係や類似性をみて、把握しやすいように数項目にまとめる作業が必要であろう。

人間が感覚的に把握しやすいのはせいぜい3~4項目までである。細かく挙げれば理由はいくつも出てくるが、それを数項目にまとめなければ実践的なリアクションは起こしにくい。余談になるが、そういう意味では、ポーターのファイブフォーシーズは多すぎる(サービス・マネジメント系の講義で聞いたことがありますよね)。実は、このポーターの理論は、5つと言いながらも「脅威×2」「交渉力×2」「競争力」の3つとも言い換えられることがミソである。記憶的には、3つの単語がキーになるため、比較的頭に残しやすいのである。(3つの内的要因と、2つの外的要因に分けて覚えることもできる。)
せっかくなので多数ある項目を数個のグループにまとめる方法に何があるかを、ついでに思い出しておいてほしい。あまり数学が得意でない人でも手っ取り早く取り組める方法には、KJ法があることを思い出せただろうか。また、本学観光学部のコースワークで必修では教えないが、統計学の多変量解析のうちの「主成分分析」や「因子分析」などは、多数の理由や原因を数個にまとめる際に役に立つ分析手法である。

閑話休題、話を戻そう。今回は論理的なプロセスを踏むことの話題ではなく、就活でどう答えられるかが主眼であった。

まずは「1.『観光学部』は近年急増したので、多くの採用担当者が、学部に対する前提知識を持ち合わせていない点」について考えてみよう。

「『人に新たな知識や概念を伝える』というのは、まさに教育そのものである。『3年間自分が教育を受けてきた観光学の内容を採用担当者に伝える』というのは、まさに『自分が受けてきた教育の定着度を試されている』と言って過言ではない。採用担当者が観光学の前提知識を持ち合わせていないからと言って、うまく伝えられないのは、まだ学生の学習が十分でない証拠である」
...と無責任に書いてしまえば身も蓋もないのであろうが、真相はそこにある。(ただ、上の説明では「教員の教え方が悪いから学生が理解できないのだ」などの、学生としては不可抗力といえる可能性から目を背けている。)
いずれにせよ、学生は、相手が知らないことであっても簡潔に上手く伝達する技術を、学生時代に身につける必要がある。相手方が知識を持ち合わせていないケースは、社会に出ればいくらでもある。手短にうまく説明ができなければ、決済に時間はかかるし、企画書は通らないというダメ社員になってしまう。そういう人材はあまり企業も採用したくないであろう。

ただ、このような原則論だけを言っても仕方がないことは、分かっているつもりである。
今回考えねばならないのは、他学部の学生が、「はい。工学部建築学科です。高層ビルの免震構造の計算を研究していました。」とか、「はい。経済学部で金融政策について学んできました。」などと答えれば、すんなりスルーされる質問なのに、「はい。観光学部です。」と答えたとたんに「観光学って何?」と、引っかかってしまうという問題であろう。
採用担当者が、学部に対する前提知識を持ち合わせていないのであるから、この引っかかりは避けて通れない。避けて通れないのであれば、うまく回避する手立てを、学生各自が事前に準備しておく必要がある。

うまく回避するには、伝える立場にある学生自身の課題と、伝えられる採用担当者のへの対応の2つに分けて、戦略を考えると良い。

はじめに、学生自身の課題である。うまく説明ができないのは「3年間自分が教育を受けてきた観光学の内容」を手短に話す準備を面接前に整えていないからである。
時間がない中、どう準備すれば良いか。私は「本学観光学部観光学科パンフレット」の活用を強く薦めている。「学科パンフレット」を、本来入学前に一読し、2年、3年と学年が進む折に読み返してほしいのである。そして、就活の面接前にも再度読み返してほしいのである。
本学科に4つある科目群の中から、自分はどのように履修科目を選び、何を避け、スキップしたのかを振り返ることで、観光学の全体像を把握し、自分の知識/技能の偏りを知ることができる。その作業をしなければ、観光学の全体像の学習を終えていない学生が、他人に観光学をうまく説明できるわけがない。何はともあれ「学科パンフレット」を振り返ってみてほしい。
なぜこれほど「学科パンフレット」にこだわるかというと、観光学には定評のある総論的教科書がないからである。また今後、定評のある教科書が発刊されるのか否かについても分からない。私は当面そうならないのではないかと思っている。観光学にとって身近な学問分野である「経営学」にも定評のある教科書は未だにない。考現学的な文系主体の学際分野には、物理学や数学のような決定版の教科書は生まれにくいのである。
そういう意味で、「学科パンフレット」は重要な位置づけにある。薄い冊子の中に教育内容のエッセンスがまとめられている。人に伝える(=教育)という作業に、これを活用しない手はない。

続いて、前提知識を持ち合わせていない採用担当者への対応について考えたい。
採用担当者は「観光学」の何に疑問を持つのか考えてみよう。

まずは「観光学部です」という言葉を、採用担当者がとっさに理解できないということはないだろう。例えば「グローバルホスピタリティ(^^)ウェルネス学部です!」と言われれば、言葉自体が即座に飲み込めないであろうが、本学はそのようなキラキラネームはつけていない。「観光」という言葉そのものが引っかかりになってはいない。

そうであれば、採用担当者は「観光学部」という言葉の何に疑問を持つのであろうか。
まずは、「観光学」の学問の対象であろう。観光学が学問として対象とする範囲が何か?を採用担当者はとっさに把握できないと思う。
これには「観光学は、観光に関係する『人』『場所』『組織』を総合的に研究する学問である。」とでも答えておこう。
『人』には、「観光業界で働く人」と「観光客」が含まれる。本学科では、前者は主にサービス・マネジメント科目群(人的資源管理)と観光文化科目群(ホスピタリティ論)で教えている。後者はレジャー・レクリエーション科目群(レジャー論)が主に対応している。
『場所』は「観光地」や「交通拠点(空港や駅ターミナルなど)」などを指す。本学科では、レジャー・レクリエーション科目群(観光資源・施設デザイン・公園論・観光地の自然的側面など)や観光文化科目群(観光地の文化的側面など)、地域デザイン科目群(地域計画論・景観論など)が対応している。
『組織』とは「企業」「行政」「NPO」などのことである。本学科では、サービス・マネジメント科目群(経営学的側面)や地域デザイン科目群(地域社会学など)が主に対応している。

また、採用担当者は観光学部を出た人間が役に立つのか?という疑問も持つに違いない。体育学部なら根性があり集団活動にてきぱき対応できるだろうし、工学部であれば特定の専門技術が身についていることが容易に想像できる。では、観光学部はどうなのか。どのような専門性があり、社会人として他学部と比較して何に優位になるのかという点である。
専門性については、観光業独自の売りは「オペレーティブ」な水準にとどまる内容がどうしても多くなってしまう。「旅行業務取扱管理者」に関する知識や資格は、学部生前半、遅くとも3年の秋までには身につけておいてほしい。「観光学士」としては、このオペレーティブな知識の上に、「学士」としての学問を積み上げていく必要がある。本学部で卒論を必修にしている理由はここにあろう。卒論の過程で行う先行研究のサーベイや統計解析、ロジカルシンキングやパラグラフライティングなどのスキルは、社会人になってからこそ活かされる。十分なデータがない中、的確な判断を下していくためには卒論の作成を通じた学士力の向上が不可欠なのである。

最後に、採用担当者には観光学自体がそもそも学問として成立するのか?という疑問もあるに違いない。
それについては、欧米やオセアニア諸国、アジア各国に観光学部・学科があることから考えても「成立する」と答えて問題ない。ただ、日本においては、20世紀の間、製造業関連の第2次産業(自動車や家電等)が強かったため、観光産業に力を入れてこなかったことから大学における観光教育が盛んでなかったということに過ぎない。
胸を張って、観光学は学問たり得ると答えてほしい。

以上、8つのうち、第1の点について幾ばくかの解説をしてみた。とりあえずアップしておく。今後は第2の点についてのブログを書き進めるとともに、このブログについても添削を重ねていきたいと思う。