東海大学観光学部観光学科 田中伸彦ゼミ

2012年4月 田中ゼミがスタートしました。 2013年3月にホームページをアップしました。

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29日

「観光学」って何をしてるの(7) 観光は学問ではなく経験だと信じる人

本日は、

6. 「観光は学問ではなく経験だ」と信じ、学問の重要性をいぶかしむ業界人が多い点

について考えよう。

就活で、「観光学はいらない」「観光学系大学で身につけた能力は役に立たない」と頑なにに信じている面接官に当たった場合は悲劇である。

観光学の必要性を、その場で納得してもらうのは相当困難であろう。就活の面接は一期一会、短時間ですべてが終わる。その様な面接官に当たった場合には「観光学は大切云々...」と説得を試みるより、切り替えて、素の自分自身を見てもらう様にしよう。上記のような面接官であっても、観光学が自分の会社にマイナスになるとも思っていない場合が多い。アドバンテージがないだけで、他の学部の学生と同じスタートラインには立っている。あなた本人がしっかりした学生であれば勝ち抜く可能性は十分ある。

 

ところで、世界各国に観光学部があるわけであるから、「観光学部が大学教育になじまない」という考えは、どう考えても説得力がない。世界中が勘違いしているとでも言いたいのであろうか。観光学部には十分存在価値がある。しかしながら、「観光学系大学で身につけた能力は役に立たない」という業界側の意見にも、いくつかの理があるのも事実である。

 

一つ目の理由は、急増した大学観光学で教鞭を執る人材が不足しているので、観光系大学のカリキュラム編成や教育水準が十分保証できていない機関がある(かもしれない)点である。この点については次回のコラムで取り上げるので今回は触れないでおこう。

 

二つ目の理由は、「実務は教科書通りやっていれば成功するとは限らない」点である。

スポーツだって同じである。スポーツ科学のセオリーに忠実に従って日々トレーニングを重ねたからといって、確実に優勝できる訳ではない。同じ理論でもっとトレーニングを積んだ人がいて、その人の後塵を拝すこともあろう。体調が悪くて負けることもあろう。フロックで負けてしまうこともある。奇襲作戦にまんまと引っかかってやられてしまうこともあるだろう。同じように、観光学の知見を日々高めたからと言って必ずしも業界で勝ち残れるわけではない。そして、あまり研鑽を積まなかった人がフロックで勝ち残ることもああろう。

テレビなどのマスコミは、セオリーなど知らずにいた人が実業界で成功するケースほうがおもしろおかしく番組ができるので、そんなドキュメンタリーばかりが放映されがちである。マスコミを無批判に信じがちな人が多いが騙されないように気をつけた方が良い。現実の世界でそういうケースがあるからと言って、観光学を修め、セオリーを身につけることがマイナスであろうはずがない。決して、そんな結論は導けない。学問を修めることで、実力が増し、勝ち残る確率は高まるのである。フロックで足下をすくわれる確率も計算できる。奇襲作戦にだって、学問を修めてこそ適切に対応できるのである。

三国志(演義)の諸葛孔明はご存じであろうか。彼がいたからこそ劉備玄徳はあの時代を勝ち抜けたのである。張飛ばかりいっぱいいてもどうしようもない。

 

三つ目の理由は、「イノベーションのジレンマ」と言っておこう。

ハーバード大のクリステンセン教授の名前は聞いたことがあるだろうか。もしかしたら観光系経営学だと学部教育の段階では彼の理論は出てこないかもしれない。クリステンセン教授が唱えた理論の1つが、「イノベーションのジレンマ」である。

この理論は、「観光学を修めた様な優秀な学生」は、大学(院)で習った先例を元に「創造的イノベーション」を重ねて事業を成長させ、自分の会社を優良企業にするのであるが、ある日突然「破壊的イノベーション」に足をさらわれ、企業を傾かせてしまう原因にもなるという現象を説明している。その際、「観光学を修めた様な優秀な学生」は、足をさらわれるまで、ゆめゆめ気がつかないのである。大胆に言ってしまえば、観光学を修めた人がたくさん集まり、共通の学問的ベースを元に企業の効率を高めていくと、失敗することがあるのである。

 

...ちょっとわかりにくい説明だって。仕方がない。具体的な事例を挙げてみよう。ある旅行業者(A社)があったとする。(時代は平成としよう。)

旅行業者A社は、カウンターでの対面販売というビジネススタイルをとる業界有数の企業であった。A社に就職した優秀な職員は、大学で学習した観光経営論やホスピタリティ論などの理論に忠実に、各駅のすぐそばのビル1階にカウンターをたくさん展開し、丁寧なお客様対応を徹底させる企業戦略を採ることにした(→これらが「創造的イノベーション」に該当する)。お客様第一のA社の企業戦略はばっちり当たった。多くのお客さんが気軽に立ち寄ることができ、接客の良さからリピーターの獲得にも成功し、A社の売り上げや利益は年々拡大した。A社は順風満帆の優良企業で、将来は盤石だと誰もが信じていた。

しかしながらである。21世紀に入ってからはインターネットが発達し、WEBで24時間いつでも旅行商品を買える時代が到来した(→これが「破壊的イノベーション」に該当する)。IT時代を見越したかのように、新興WEB旅行会社B社が台頭し、費用のかかるカウンター業務に力を入れずに、WEB取引に特化した経営戦略で業績を伸ばし、業界有数の旅行会社へとのし上がっていった。

このような時代の中でA社はどうなったか、お客さん第一に考えて今まで行ってきた戦略が重荷になっていったのである。カウンター販売に基づいた「創造的イノベーションの成果」は、WEB販売という「破壊的イノベーション」に足下をすくわれた。駅前に数多くあるカウンターは、元々家賃は高いし人件費がかさむ。お客様は、丁寧な接客は大好きだが、いつでもどこでも商品が買えるWEB販売のほうが魅力的である。必然的にカウンターからは足が遠のくことになる。人の来ないA社のカウンターは、家賃を節約するために駅前の1階から遠くの5階に移ることになり、人件費の抑制のためにカウンタースタッフも減らさざるを得なくなった。そうすると元々の企業戦略であったアクセスの容易さや接客の質が落ち、ますます客が遠のいた。結果、A社は倒産してしまった。A社の売り上げや利益は、きれいさっぱりB社に持って行かれてしまったのである。

A社は、お客様の意向をしっかり把握し、その欲求に応え、企業の組織やシステムを繰り返しイノベートしていったのに...

 

上記のようなことが、世の中ではまま起こるのである。レコード針、ポケベル、プリントゴッコなど、昔はどの家庭にも普通にあった商品が消えていった事例は枚挙にいとまがない。これらの製品をつくっていた企業はお客様のニーズを的確に把握し、各商品の性能の向上に大きく力を注ぐべく会社をイノベートしていたはずである。しかしそれらの商品は、現在IPod、スマホ、家庭用複合機(プリンター)に取って代わられ、使われることはなくなった。使われることが予定されている商品やサービスにイノベーションを起こしても虚しい。創造的イノベーションにばかり目をとられていると、破壊的イノベーションの到来に対応できないかもしれないのである。

技術革新が日進月歩の現代にあっては、大学で理論化された創造的イノベーションの知見が陳腐になるのも速い。そんな現実にさらされていると、疑心暗鬼になる。自分のノウハウが陳腐化してしまったサラリーマンが「大学の学問は役に立たない」と愚痴をこぼす気持ちも分かる。

...だからと言って、大学の学問を修めずに経験だけを磨けば良いのではない。逆である。だからこそ、大学で理論を身につけ、センスを磨き、破壊的イノベーションを関知できる視野を広げる必要があるのである。