東海大学観光学部観光学科 田中伸彦ゼミ

2012年4月 田中ゼミがスタートしました。 2013年3月にホームページをアップしました。

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22日

「観光学」を学ぶ人のための「レジャー論」(その3) 教養としてのレジャー・レクリエーション

「観光学は教養学の実学版だ」ということを、他の講義でも良く私は発言しているが、「レジャー・レクリエーション学は教養学そのものである」といえる。

「教養」を英語でいうと何になる?と問えば、大学関係者はLiberal  Artsであると答えることが多いだろう。

今は事実上、東海大学からはなくなってしまったが、昔は「教養課程」というものがあった。教養課程とは、大学1~2年の間に、専攻にとらわれず、広く深く学術の基礎を学び人間性を涵養するために設けられていた課程のことである。今でも、文理共通科目や体育系科目、語学の一部などがこの教養課程の名残として残されている。大学の学部とは本来はこの「教養」をしっかりと修める機関である。まめまめしき「専門教育」は、教養が身についたことを前提に学ぶべき学問である。何はともあれ、この大学で教える教養科目のことを一般的にLiberal  Artsという訳である。

Liberal  Artsの起源はギリシャ時代にさかのぼることが可能で、ヨーロッパ中世の大学教育では文法学、修辞学、論理学、代数、幾何、天文学、音楽の「自由7科」がLiberal  Artsを構成していた。東海大学では教養課程は廃止されたが、東京大学やICU、玉川大学などでは今でもLiberal  Artsを重視した教育カリキュラムが今でも実施されている。欧米の大学では、未だLiberal  Artsが重視されていることは忘れないでほしい。

ところで、教養という言葉を普通の和英辞典で引くと、真っ先に出てくる単語はLiberal  Artsではない。Cultureである。Cultureというと普通は「文化」という言葉が浮かぶと思うが「教養」もCultureなのである。「文化」は「教養」を素地として生まれるのである。

ところでCultureとは何か?「耕す」という意味を持つCultivateの名詞形である。畑を耕すと立派な作物が育つ。頭を耕せば立派な教養が身につき、立派な教養が身についた人々が集まれば、立派な文化が生まれるのである。学校のグラウンドのように耕されずに踏み固められた土地には立派な作物どころかペンペン草も生えない。同じように耕されずに放置された頭には立派な教養が備わる訳がない。耕された土地は雨水をしっかりと吸収するが、グラウンドに降った雨水は地面に吸収されずに外に流れ出てしまう。耕された頭は学問をしっかりと吸収するが、そうでない頭にいくら学問を授けようとしても定着せずに外に流れ出てしまう訳である。

レジャー論を学ぶ目的は、「自由時間を以下に使うか(消費するか)」というノウハウを身につけることではなく、「自由時間を如何に人間らしく生きるか」という教養を身につけることにある。そのことを忘れないでほしい。

 

ところで、教養は時代や民族によって内容にバリエーションがある。

日本人には日本人が育んだ文化をベースにした教養が、イギリス人にはイギリス人が育んだ文化をベースにした教養がある訳である。その点で、日本人の教養のベースとなる文化が、現在ブレにブレている。その大きな原因は明治以降の日本の近代化の過程に潜んでいる。

まず明治維新で、当時の日本人はそれまでの文化を否定し、廃仏毀釈に走り、江戸時代の制度を捨てた。さらに第二次世界大戦後にもそれまでの文化を否定し、国家神道を止め、戦前の制度を否定した。レジャー・レクの分野にもその余波はおよび、戦後まもなくは神道につながる祭礼や、軍国主義につながる武道などが禁止された。

その替わりに、日本人にはアメリカからきたダンスやゲーム、スポーツなどの「レクリエーション」があてがわれた。戦後暫くするトレジャーの時間も持てるようになったが、やはり伝統的な余暇生活よりも西欧化されたレジャーが推奨された。本来、レジャーは文化をベースにした教養から生まれるものである。戦後まもなくの日本のレジャー・レクリエーションは、日本の伝統的な文化に基づかない教養をベースに営まれるという得意な過程をたどったのである。

非常に特異なケースであるが、その様な状態が続いてからまもなく70年。この様な状態におかれた日本人は3世代に達している。実際アメリカから来たテーマパークやアメリカ起源のダンスなどが、カウンターカルチャーではなく堂々と日本の主流の文化として認知されつつある。この様な我が国の文化の変容をどうとらえていくのか。観光業界に携わる人間としてどの様に受け止めていけば良いのか。非常に大きく、悩ましい問題である。この問題に正解はないし、大勢の方向性も定まっていない。

これから皆さんが解決すべき大きな課題なのである。